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最近はSNSで好き勝手なことも、本当に吐き出したい事も言えなくなって来た。
ええ格好しいなので。

ブログというものは一昔前は一番開いた空間だったけど、今はSNSに比べればだいぶ閉じた空間になった気がする。
それで、書かなくてもいいようなことを気楽に書いてみる。

昔、バラクーダという人たちがいて、日本全国酒飲み音頭という歌を歌っていた。
「1月は正月で酒が飲めるぞ  2月は豆まきで酒が飲めるぞ  3月はひな祭りで酒が ...」と、一年中ことある度に酒が飲めるぞーという歌だ。

この数年、私はことあるごとに「子どもを持つ」ことについて考えていた。
もう持てるような年齢ではなくなってきたので、過去形なのだが。
そして、バラクーダの曲が脳内リピート。
「1月は正月で子どもがいたら楽しいかな大変かな〜♪ 2月は豆まきで子どもがいたら楽しいかな大変かな〜♪ 3月はひな祭りで子どもが ...」という感じだ。

元来ネガティブで頭でっかちな性格なので、こんな混乱した世の中に子ども産むのは産まれてくる子どもに申し訳ないと思っていたし、思っている。
それでも小さな子どもを連れた同年代の人たちを見ると、少なからず複雑な気持ちになってしまう。
自分のためだけに時間やお金を使う人生はもう飽きたし、誰かを愛おしく思ったり、面倒をみたりする状況をうらやましく思ってしまう。

もう少し前はいろんな人に(主に年上の)、「子どもを産みなよ」と言われてカチンときていた。
そうしたい気持ちもそうしたくない気持ちもあったし、自分だけではどうにもならない。複雑な気持ちをかき乱さないでほしかった。
もしも無印良品なんかで「子ども製造キット」なんてものが売っていて、試験管でベイビーが作れるのなら、とっととそうしていたと思う。

今はもう泣きたくなる円の中から少し遠ざかって、もうその悩みの外にいると思うと
私には関係ないと思えてだいぶ気が楽だ。
だから素直な気持ちで「子どもを産みなよ」と助言したくなる人の気持ちもすこし理解できる。
でも言いたくなる気持ちはグッとこらえなくちゃダメだ。
言う方は気軽でも、言われた方は随分引きずる。そういうもんだ。


悩みの外にいるはずなのに、同級生から送られてくる年賀状なんかに「子どもが産まれました」とあるとやっぱり気持ちが大きく揺さぶられる。
自分はまだ円の外じゃなくて、中にいたのか。。
夏休みに親子でキャンプに行ったと聞くと、正直言うと少しうらやましい。
そして家人を父親にならせてあげられなかったことを申し訳なく思う。

多分これからもネガティブ全開で、ことあるごとに泣きたくなったりすると思う。
9月は遠足で泣きたくなるな〜♪、10月は運動会で泣きたくなるな〜♪、11月は、、

子どもがいなくたってちゃんと生きて行くもんね。

という正直すぎる話を、開いているけど閉じてるような場所に書きなぐってみた。
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by sanorobo | 2016-08-18 00:00 | 日々